2015年(平成27年)1月・冬39号

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国山集落で里山の魅力を案内してもらった小砂区長の笹沼亨一さん

間伐材となる杉を生かし彫られた彫刻家松尾ほなみさんの作品。

仲郷上集落の「小砂里山芸術の森」にて

賢四郞さんと美恵子さんに別れを告げて、立野集落へ抜ける峠を越えようとすると、脇道へ逸れる山道の杉に縛り付けた郵便受けが目に入った。この上に、まだ民家があるのだろうか。山道の入り口に車を止め、杉林の谷沿いをしばらく歩くと、犬の激しく吠える声が聞こえてきた。やはり、民家があるようだ。恐る恐る進むと、民家の庭先で、大きな西洋犬が立ち上がるように私に吠え掛かってくる。鎖に繋がれていることを確かめて、山道をさらに登ると突然、開けた畑地に出た。畑の奥の方で、ひげ面の男が手作り風のベンチに座って、こちらをじっと見つめている。面倒なことにならなければ良いがと思いながらも、もう引き返すことはできない。思い切って、杉の木に縛り付けた郵便受けについて聞いてみた。

「あれは新聞受けなんだよ。新聞だけは悪いっけれども、峠にしておくれって言うんだよね。郵便は家まで来てくれっけど」

 私をじっと見つめていたひげ面の印象とは違って、人なつっこい感じだ。ジャンパーの下に手編み風のセーターを着ている。

「9つ歳上の従姉妹が、1年に1つ、カーディガンかチョッキか編んでくれっから。ここのタマネギ畑の半分は、その従姉妹が作ってんだよ。管理は今んとこ、俺がやってっけど」

鈴木幸治(すずき こうじ)さん(74)は、先ほど犬が吠えていた家の3代目なのだと言う。

「ここから東京までが200キロ。富士山が見えっですよ、朝夕はね。柿の木の向こうに筑波山が薄ーく見えてるよね。ここに来た人は、山の重なりをじゃまする鉄塔がないのが良いって皆言いますね。海抜400メートルぐらいかな」

1977(昭52)年3月15日に、1518ヘクタールを消失する山林大火があった時、鈴木さんの家も被害にあったのだそうだ。

「ほんと、この見えっとこは全部焼けたんだ。火元というのが、未だに分かんないみたいだけど、山林から火が出て、それが強風に煽られて、こっちまで来ちゃったんだよね。ここの東光寺も焼ける、俺の自宅も焼ける、従姉妹の家も焼けて、小砂で3軒焼けたの。そん時に、東光寺に祀ってあった日光・月光十二支神像と絵馬3点を保存会の人がお堂から運び出して、家(うち)の畑に埋めたんで助かったんだよ」

これまでにお会いした恒秀さんや賢四郞さんの話の中にも、77年の山林大火の話題は出たが、実際に被害に遭った民家があったことは知らなかった。一軒一軒の家をお訪ねし、その家の歴史を伺わなければ、普通に静かに暮らしてきたかのように見える人が経験した歴史の奥深さなんて知りようもないのだとつくづく思う。

下の段の広い畑には、収穫間際の高菜が一面に植わっていた。

「おら家(げ)で作ってるのは、漬け物用じゃねえからね。種取り高菜だから、このまま構わず大きくして、7月に種を収穫して、8月10日頃に出荷しちゃうんだよね。5月頃に、ここに来っと菜の花ばっかりだよ。この下の畑では、一町歩くらい高菜の種取りだから、それこそきれいだよ。その頃、またおいで」

 

小砂地区を訪ねた1月中旬の一週間のうち、1日だけ冷たい雨が降り続く日があった。以前に、小砂地区の区長を務める笹沼亨一(ささぬま きょういち)さん(64)をお訪ねした時、小砂で一番美しい棚田のある地域として教えていただいた国山集落の棚田と雑木林を、傘を差して歩いた。棚田は、春の作業の下ごしらえとして冬耕が終わり、小雨に煙る静かな佇まいが、私の気持ちを落ち着かせてくれた。雨に濡れて光る道路を撮影しようとカメラを覗いていると、ファインダーの中に傘を差して、こちらに向って歩いてくる婦人の姿が見えた。彼女の歩いてきた方向には、民家の一軒も見えない。この冷たい雨の中を、どこから来て、どこへ行こうとしているのだろうか。だんだんこちらに近付いてくる彼女を待って、声を掛けた。

「棚田のきれいな所ですね」

「冬は、だめだめ。春から秋に来っと良いよ。きれいだよ。春は田植えだから、秋は稲刈りでしょう。その頃が良いよ」

藤田良子(ふじた よしこ)さん(64)は、小高い丘になった雑木林の陰になって見えない自宅から、この風景の中に一軒だけある友だちの家へ行くのだと言う。

「隣に脳梗塞で体が不自由になった友だちが居るんだわ。1日に1回は、様子を見に行ってんだわ。私の運動も兼ねてんだよ」

なるほど、隣といっても、家は見えないほど離れている隣もあるのだ。しばらくすると、傘を差した2人が、その友だちの家から出てきた。犬も連れている。この雨の中を散歩しようということのようだ。励まし合う2人の会話を想像してみると、冷たい雨の中でも寒さを感じなかった。

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