2016年(平成28年)5月・初夏47号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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「いっぷく亭」囲炉裏の縁で撮影した「いっぷく定食」の一皿。手前左がスズノコ、右はウド、奥はミズナ

|「そりゃもうリュックサック背負うて、手袋をはめて地下足袋とか長靴履いて、中に入ったらものすごい竹藪ですから、グルグル廻って採りよったら、もう出口が分からんようになります。そやから迷う人が大勢おるんですよ。オイオイッって呼びかけたら、他所の組の人が返事をしたりな。そんなん、度々ありましたよ。だから声が聞こえんようになったら、すごい不安です。だいたい女の人同士で行きよりましたけどね。私らが背負うて帰っても知れてるでしょ、量が。それ湯がして皮を剥いたら、もうほんとに少のうなるんですわ。捨てるとこの方が多いですからね。ここではスズノコ言いますけどね。スズタケの子だからスズノコ言うのが標準語じゃないでしょうか。場所によってはヘイトコ言うたりしますけどね」

水島さんは、赤和瀬集落の全貌を見渡せる観光施設「うたたねの里」にある農村レストラン「いっぷく亭」で調理を担当している。

|「標高の高いこんなとこでないとスズノコはないもんで。ここに嫁に来て最初にスズノコ採りを教わったのは、近所の人ですね。本家のおばさんたちと行ったりとかね。湯がして保存して、ま、お正月とかね、お客さんに使ってましたね。ほんとは採ってすぐが美味しいですけどね。すぐ炊くと、採りたてのスズノコは歯応えが違うし。この辺では、お味噌と酒の粕で炊くんですけどね。でも、こういうとこは不便なとこですから、保存食を置いてなかったら、冬は雪で野菜なんか作れませんから。雪がすごい降るからな。じゃから保存食のために塩漬け、何でもね。ワラビでもウドでも、スズノコでも。一旦塩漬けにしたものは、塩抜きをせんと食べられんから。それで、なかなか普段には食べにくいですね」

 

うたたねの里の庭で、この朝採れたばかりのスズノコが、大鍋に溢れるほど湯がかれている。同じ施設内にある「うたかたの館」でも、土間に積まれたウドの山を前に、小椋みさ子さん(82)が皮を剥く作業を始めている。スズノコもウドも、一年間の保存食を、この時期に一気に作らなければならないため大忙しなのだ。

ちょうど一年前に塩漬けしたスズノコとウドの樽を、水島さんに見せてもらう。

|「漬ける時は塩だけで漬けるけど、漬けている間に塩が溶けるんとスズノコから出る水分とで、濃い塩水になります。この下にいっぱいあるんじゃけど中に隠れてスズノコは見えんですね。上までどっぷり塩水に漬かっとらな、いけんのです。スズノコもウドもすごい灰汁が強いもんで、黒い灰汁がでるんです」

|「うたかたの館」の薄暗い蔵に幾つもの樽が並んでいる。いっぷく亭は、4月中旬から11月末まで無休で営業しているため、スズノコとウドとミズナを炊いた食材を切らすことはできない。客足の動向を早めに予測し、前もって樽から出して塩抜きをしておかないと、料理が間に合わない事態となってしまうのだ。逆に、手回し良くあまりに早く塩抜きをしてしまうと、折角の保存食を傷めてしまうことになりかねない。

赤和瀬集落にあった茅葺き屋根の家を移築した

「いっぷく亭」の縁側

「いっぷく亭」の囲炉裏の炭火で焼いたヤマメは

人気メニュー

茹で上がったスズノコを鍋から取り出す

スズノコとウド、ミズナの塩抜きをするバケツが、調理の下ごしらえをする部屋に置いてあった。

|「毎日、水を替えるんです。塩樽から上げて、塩を落として、ほんで沸騰した湯の中に入れて、グラグラっと煮たのを、今度は水に浸けて冷やすんです。最低4、5日ぐらいは水に浸けて塩抜きをせないかんね。塩抜きが足らないのはだめ。塩がきれいに抜けてないと、味付けがちょっといけませんのでね。これが無くならんうちに、又、次の塩漬けを桶から上げて、こういう風に水に浸けるんです。順繰りに途切れないように。塩抜きが終わったら、こんどはスズノコの株は硬い所がありますんで、そこを切って、ウドもちょっと皮を剥き直して、ほんで炊くんです」

いよいよ最後の味付けの段階に入った。塩抜きが終わったら、そのまま味付けすれば良いと思っていたが、水島さんは、塩抜きをしたスズノコを鍋に入れて水から、また炊き始めた。

{「味付け前の準備というか、一旦水から炊いて湯がくようにしてやると、スズノコの水分がすっと蒸発しますから、スズノコの水っぽさが無くなって、出汁が薄まらないようになるんです。ウドは柔らかいですからね、沸騰している湯に入れると一旦収まるけど、すぐ沸騰しますがな、そしたらすぐ上げますね」

囲炉裏の傍らで談笑する勤さんと隆子さん

「また来るから絶対辞めんどってよ」と馴染みの客から

声が掛かる佳子さん

ウドの皮剥きを黙々とする小椋みさ子さん

味付けをするためにスズノコを炊く出汁は、醤油とみりんと酒、それにイリコ出汁を合わせてあるが、その割合は秘密なのだ。ウドとスズノコとでも、その割合は違うようだ。鍋の中でスズノコがヒタヒタになるまで出汁を入れて火にかけた水島さん、みりんと本ダシをちょっと足している。長年の感というものなのだろうか。

|「山菜はみな、落とし蓋で炊きます。沸騰してから20分は炊かないけんじゃろな」

炊きあがったスズノコとウドは粗熱を取って冷蔵庫に入れ、ひと晩出汁に浸けたまま味を馴染ませる。「そうせんと、味が中に浸みていかない」。雪深い山里の伝統的保存食の手間の掛かることに驚く。

1年間の時間と手間を蓄積した炊き山菜のひと皿を戴く。

スズノコは、1年間も塩漬けしてあったとは思えない歯応えを残しながらも、若竹の柔らかさだ。ほんのりとした醤油味と素材の甘さが絶妙のバランスを保っている。ウドは、新鮮な緑色の名残を留めながら、甘辛さがジワッと染み出してくる。柔らかく軟派者の雰囲気ながら、灰汁の気配を僅かに残し、山菜であることを実感した。

山から採って来ることから始まって、湯がいて皮を剥き、塩漬けにするまで時間に追われる初夏の保存作業。塩樽から取り出して味付けし、一品の料理にするまでの気配りと手順。地味ではあるが、先人から伝わる知恵と技術を受け継いできた努力に敬服する。雪深い山里ならではのひと皿だ。

① 味付け前に一旦茹でる

② ヒタヒタまで出汁を入れて炊く

③ 少し本ダシを加え味を調える

④ 沸騰して約20分、落とし蓋で炊く

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