2015年(平成27年) 11月・秋44号

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山田善章さんが父親の思い出を語りながら作った男の手料理「手ごね寿司」

|「これはね、漁師さんがね、船の上でご飯作る言うても、手間掛かってご飯できんと。ほれを、釣った魚でさっと刺身風にして、漬(づ)けにしてご飯の上に載せて食べたと言う、手っ取り早くできる寿司やな。普通やったら握るでしょ。それを握らんのですよ。赤身のカツオがだいたい主なんですよ。しかし、今頃カツオないでしょ。今日はヨコワちゅう魚なんですよ。ヨコワちゅう魚を3枚に下ろして、薄うに剥(へ)ぐんですよ。ま、握りみたいに。剥いだ奴を漬けにするタレに放り込むんやね」

善章さんは挨拶を交わす前に、台所で立ったまま一気に説明して「ふうっ」とひと息付いた。横で妻の智恵子(ちえこ)さん(72)が、「ま、お茶でも召し上がってから始めてください」と紅茶を準備して下さったが、「一杯やる前にそんなん飲むんは邪道や」と善章さんの勢いは止まらない。

|「漬けのタレやね。酒とみりんと醤油が、1と1と1なんですよ。先ず手鍋に酒とみりんを1対1で入れるんですよ。これを火に掛けて炙る。アルコールを飛ばす全部。ワーッと湧いてくるんでね。アルコールを飛ばしとかんと、酒とみりんの匂いが魚にね、残るんですよ」

酒とみりんを入れた手鍋を強火に掛けたまま「私の名刺がありますけん」と、善章さんは台所から出て行った。挨拶をさせていただこうと名刺を手に持ち呆然としている私に、智恵子さんが|「私、魚は全然料理しないんで」と、申し訳なさそうに言う。その時、ボッと音がして手鍋から一瞬炎が立ち上った。私が急いでガスの火を消したところに善章さんが、名刺を手に戻って来た。

|「これに醤油入れたるんですよ。醤油入れたら熱加えたらいかんのです。このタレを冷やすんですよ。4、5分で冷えますけん」

善章さんは、手鍋の沸騰したタレを小さなボールに移し、水道の水を流し入れている大きなボールに浮かべて、スプーンでタレをかき混ぜて冷やし始めた。手に持っている小さなボールの縁はまだ熱いのか、「熱っ、熱っ」と善章さんの呟きが聞こえる。

|「次は、ご飯に酢を合わせないかんのですよ。酢はね、コップ一杯。後は適当なんやけど砂糖と塩。先ずにな、大さじに砂糖はたっぷりと3杯、塩はあんまり入れたら辛なるんで、少々ちゅうとこやね。これを充分にかき混ぜて溶かして、ちょっと味見してみますね……。ばっちりですよ」

電気釜の炊きたて飯およそ3合を寿司桶に移して、充分にかき混ぜた合わせ酢をふりかけ、シャモジで丁寧に混ぜ合わせる。

|「熱々のご飯炊くでしょ。米の甘さもあるでしょ。そんで丁度よい味になるんですよ。ご飯が玉になっとるのをきれいに崩さんと、混ざっとるかどうかいうんはね、色で分かるんですよ。酢が掛かっとるとこは、やや黄色に見えるけん」

こう言いながら、指先で酢飯を口に放り込んだ善章さんは、満足げだ。

|「うん、これ上手にできとる。これいける。米の炊け具合もちょうどええ。自分で褒めよるわ」

ひと区切り付いたところで、智恵子さんがスプーンを持って、インタビュアーのように善章さんの口元へ近づけた。

|「マイクいくでぇ。どうして料理をするようになったんですか」

|「それはねぇ、うちの女房が料理せんのですよ」と、善章さんが横目で智恵子さんを見ながら笑う。

|「違うで、違うで」と、智恵子さんが慌てて打ち消すと、善章さんが少し真顔になって話し始めた。

|「うちの親父が酒飲みだったんですよ。戦友がおってね、家いお酒飲みに来よったんで、お袋がお酒の当てするでしょ。うちのお袋の実家はね、砂糖が入ってね、酒の当てにならん。その時に飲み助が来て、おい、善章さんよ、このおっさんに当て作ってくれへんか言われたんですよ。その時に、まったく砂糖入れんとイリコの出汁だけで酢の物作ったん。ほったら、それが旨い言うてね。もう大酒飲みじゃ。いままで食べた酒の当てで一番美味しかったって。それから来る度に私にさせよったんよ。それが高校の時ぐらいかな」

|「親父は軍人やったけんね。香川県善通寺に昭和22(1947)年まで居ったんよ。善通寺に陸軍の司令部があったんです。憲兵やっててね。一番怖い存在やね。親父は頭良かったから、ビルマ前線でね、徳島に124連隊ちゅうんがあったんですよ。2000人居った言いよったけど、その7割が戦死。親父は運良かったんやね。行きはもう進め進めで、イギリスの植民地を解放したようなもんで優遇されたけど、帰りは負け戦や。今までの友が皆敵や。いつどっから鉄砲の弾が飛んでくるやら分からん状況になるわね。やっとこさ帰ってきて、耳にタコができるぐらい聞きましたね。戦争はいかんぞ。あんな惨めなもんはないと。朝な夕なに聞かされてね、そりゃもう絶えず戦友あっての話やわね。そんな教訓がまったく活かされてないやり方をしよるんが、今の政治ですね。戦前の人やったら、こういうことが昔の戦争に結びついていきよるなと肌で感じるんでしょうな。何か怖いですよ。今まであり得んかったことが、現実に法案通してしもたでねえ」

善章さんはここまで話すと気を取り直したように、冷蔵庫から刺身用のさくにしてあったヨコワを取り出して、刺身に剥ぎ始めた。

|「これを薄うに剥いで、タレん中へ入れていくんです。これ生で、そのまま食べても旨いんや。この刺身は旨いですよ。タレには半時間か1時間くらい浸けとくんよ。ちょっとこれ混ぜて」

傍らで善章さんの手元を見つめていた智恵子さんに声を掛ける。

|「うん、浸かったら良いんだろ。ようけあるわ」

冷ましたすし飯を大皿に盛り付け、その上にタレに浸けておいたヨコワの刺身をまんべんなく並べる。その上に細く千切りにした大葉をたっぷりと散らすと、山田善章さんの「手ごね寿司」の出来上がりだ。外はすでに夕闇が迫っていた。善章さんは焼酎のお湯割りを片手に、室内の蛍光灯で悪戦苦闘しながら写真撮影をしている私の仕事が終わるのを待ち構えている。

|「大葉の香りがええねえ。漬けにした方が魚にコクが出て旨みがあるねえ。すし飯にも味に深みがあるように思えるな」

善章さんは、自らが手がけた「手ごね寿司」に満足そうだ。智恵子さんも一緒に美味しそうに食べている。

|「これ大好きなんよ、2人共が。私も食べるんよ、主人がしてくれたらね」と、笑い転げた。

 

ご飯に混ぜる合わせ酢の味見をする

手ごね寿司が出来上がると
友だちを呼んで酒席が始まる

① 酒1とみりん1を手鍋で沸騰させる

② 沸騰したら醤油1を加え水で冷やす

③ 炊きあがったご飯に合わせ酢を混ぜる

④ ヨコワを刺身にする

⑤ ヨコワをタレに漬け込んで約1時間

⑥ 酢飯の上に漬けのヨコワと大葉を並べる

 

 

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