2015年(平成27年) 7月・夏42号

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夕闇迫る道路脇。チラチラ見える小さな炎。わら束の穂先に点けた火を、ゆっくり上下に揺らしながら小声で呟くように唱えている。

|「おじいさんもおばあさんも、この火を焚くから、ござーれ、ござーれ」

ミソハギの花を鉢に入れた水に浸し、燃えるわら束に水滴を振りかけながら唱えている。

|「おじいさんもおばあさんも、この水飲み飲み、ござーれ、ござーれ」

千葉県鴨川市畑(はた)地区の集落では、新暦7月のお盆を迎えていた。自宅から少し離れた道端で迎え火を焚いていた鈴木尚義(すずき ひさよし)さん(71)とキクエさん(72)夫妻。

|「昔は麦わら、今は麦がないから稲わら。うちの言い伝えでは、迎え火は早めに、送り火はいつまでもうちに居てほしいということで夜9時ごろ。仏壇には盆棚を作って、ウマって言うんですか、キュウリとナスに新しいカヤを突き刺して作って、これに乗って来なさいよって飾ります。ソーメンとヤッコ豆腐、それにカラナマス(おからのなます)。それだけは必ずお供えして、それを私らも食べるんです」

道下の家の角でも迎え火の炎が見える。石井悦也(いしい えつや)さん(76)と良子(りょうこ)さん(67)夫妻の他に、息子の康宏(やすひろ)さん(45)や孫の芽育(めい)さん(13)と李樹(りき)くん(9)も一緒だ。

|「キュウリとナスは馬と牛なんだよね。来る時は、馬に乗って早く来てください。帰る時は、牛に乗ってゆっくり帰ってくださいという気持ちでね。ほんとはパチパチと弾ける音がするので、麦わらがいいんだけどね。その音を頼りにご先祖様が迷わずうちに帰って来ることができるんだよね」

先祖を思いやる気持ちで満ちた迎え火の行事なのだ。

翌朝、隣の南房総市との境まで行ってみようと集落外れの熊野神社の前を歩いていると、道端の作業小屋前で丸太に腰を下ろした高齢の男性がじっと私を見ている。

|「畑へでも行こうかと思ったけどくたびれて、年を取ったからね。畑だら(だったら)ちょいちょい休まれっからね。田んぼは荒らしちゃって、昔みてえに田んぼじゃ喰っていかれねえから。ここら田んぼがあったんだけどさ、みんな山になっちゃってるよ」

そう言って、灌木が茂りツタが覆っている洲貝川対岸の山を見やった。

|「ところで旦那はどこから来た。歳は私と近いんでしょ」と訊かれたので、私も「ご主人はお幾つなんですか」と尋ねると、「歳は余計で分かんない。名前も訳分かんない、そういう歳だ」と、取り付く島もない。

|「宮崎から来ているんです。昨夕は迎え火でしたね」と、昨夕出会った尚義さんや悦也さんの様子を伝えると、「この辺では、お盆は新でやるよ。昔は8月にやったけど、その頃は田んぼが忙しいからね。近ごろ、やたらとサギ電話が掛かってくんだよ。うちの娘が、じいさんは出っでねえと言うから、名前は言えねえだよ」と、ようやく本心を打ち明けてくれた。

|「知らねえ男がウロウロしてりゃ不審に思うよ。それが普通だでよ」。そう言いながらも、名前は石井伉次(いしい こうじ)、90歳と教えていただいた。

|「ここら辺は、昔、曽呂村(そろむら)だったけどね。それから江見町(地元の発音では「いみちょう」と聞こえる)になって、そのあと鴨川市になったね。農協が無くなって、学校が無くなって、不便になるよ。郵便局はまだ残っているけどね」

今年3月に小学校が統合され、畑地区の小学生4人が通っていた曽呂小学校は、143年の歴史を閉じたばかりだ。畑地区は65戸、人口は200人弱。区長を務める鈴木康雄(すずき やすお)さん(64)が、「ここ9年ぐらい子どもは生まれていませんね」と言う。

畑集落の一番上にある康雄さんの家を訪ねる途中で、道の脇や山の斜面にソテツが沢山生えているのが気になっていた。

|「沖永良部島(鹿児島県)からソテツの苗を取り寄せて、ソテツの葉っぱを葬儀に使う供花の背景用に出荷してるんですよ。3代ぐらい前から、1年間の仕事のローテーションが決まってきましたね。11月12月1月はスイセン、2月3月はソテツ、4月は田んぼで5月は甘夏みかん、6月7月にソテツを出荷して、8月は草刈りに追われますね。9月に稲刈り、10月はソテツという1年間です。私も1万枚ほどソテツを出荷しますが、近ごろは1枚当たり30円から50円ほどの市場価格ですね。ヤマユリも15年ほど前までは出荷してましたね。平成14年からイノシシの被害が出始めて、今でも山にポチッポチッと出るには出るけど、ほとんど球根をイノシシに喰われっちまってね」

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東善寺境内から煙が上っているので行って見ると、迎え火の時にお世話になった尚義さんが、枯れ草を燃やしている。

|「今日は檀家役員が集まって、お寺の維持費の半期分をいただく日なんですよ。檀家の皆さんが来る時に庭がきれいになってれば気持ちがいいもんね。別にどうってことないけどね。誰がやるっていうのでなく、気がついた者がやるようになってるんですよ。草が無くなればきれいにみえるでしょ」

そのうち1人2人と集まって、本堂の掃除をしたり机を並べたりしている。檀家役員代表を務める鈴木司(すずき つかさ)さん(72)。「ここ65戸の集落に3軒の寺があんですよ。ここは昔、僧侶の村だったの、坊さんが修行をするところ。僧侶の人偏を取って曽呂村となったっていう話もありますよ」

横でこの話を聞いていた尚義さんは、「60戸ぐらいでもって3つお寺があんだから」と、今更ながら驚いている様子だ。住職は居なくて千葉市の大きな寺から行事毎に来てもらっているのだ。

司さんの話によると、3つの寺を合併しようとする動きもあったようだ。

|「おれの親父の時代じゃねえのかな。檀家21軒で東善寺を維持してんだから、一時は合併という話もあったけど、寺の格が違うということだったな。坊さんが千葉から来てくれるのは有り難いんだけどよ。ただね、いきなり来るんだよ。作兵衛のばあさんが亡くなった時に来て、酒を勧められて酔っ払っちゃってな。大学出てすぐだったぺな。今はご詠歌の声も立って、すごい坊さんになってるけどよ。修行をして福井県の永平寺から帰って来る時、千葉まで歩いて来たってよ。すごいもんだよな」

檀家役員の会計を担当する鈴木建司(すずき けんじ)さん(74)が維持費を受け取る小さな文机の前に陣取り、檀家の皆さんがやって来るのを待っている。本尊に祀られる木像の毘沙門天にお参りした後、檀家の皆さんが役員5人の座にしばらく加わりお茶をいただいて帰って行く。予定していた檀家の集金が終わると、机の上にビール瓶が並び始めた。どうやらこの後は、役員の慰労会になるらしい。

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