2015年(平成27年)5月・初夏41号

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東鷹栖北(ひがしたかすきた)地区の丘を競り上がるように重なる棚田を訪れた夕刻、真っ直ぐにどこまでも続く20号(農道)を挟む田んぼの水面は、夕焼けの空を緋色に映し照り輝いていた。その光景の中で、大型トラクターがエンジン音を響かせ荒代掻きをしている。村上光生(むらかみ みつお)さん(58)の運転するおにぎり型キャタピラの付いたトラクターが、下の段の水田に移動するため20号に出てきた。

|「入植して私で3代目。古い人は、4代目5代目の人も居るけどね。ここら辺を上川盆地というけど、夏暑くて冬は寒い。米作りに良い気候なんで米の専業農家が多いですね。大雪(だいせつ)農協の農家は、10町歩から20町歩は作っているでしょう。それくらい作らないと生活できない。いま、米安いから。ここの水は大雪山(だいせつざん)の水なんで、石狩川の水系ですね」

頂に雪をかぶった大雪山の山々が遠く東の方角に見えている。

|「ぼくは好きです、大雪山。まだ、5町歩ぐらい荒代掻きが残ってるんですよね。あと3日かな」

遠くに見える冠雪の大雪山へ視線を向けながら呟く村上さんは、14町歩(14ヘクタール)の水田で米を作っている。秋に稲刈りが終わると、雪解け水を早く流すための溝を田んぼに掘り、2月には融雪剤を撒く。3月になって雪が溶けると、肥料を撒いて土を起こし、水を入れる。4月末から荒代掻きが始まるのだ。

トラクターに2か月乗り続け、花見は出来ず

|「ゴールデンウィークの始まりからずっと毎日、朝5時から夕方7時までトラクターに乗っています。これが田植えまで続きますので、花見は一回もしたことないです。30歳代には寝ないでやっていましたけど、今はもうできません。この2か月だけなら3K、4Kどころの騒ぎじゃないですよ。苗が出来れば半作、田植えが終われば7、8割は終わったようなものです。この2か月で水稲農家の中身がほとんど決まりですから。荒代掻きが終われば均平(きんぺい)という仕上げをやって、今年は5月19日が大安なんで、その日から田植えを考えています。その日に向けて頑張ろうと、気持ちの問題ですよ」

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朝スズメの鳴き声聞く根っからの農家

北海道旭川市の北部、1971(昭和46)年に旭川市へ編入された旧東鷹栖(ひがしたかす)町の一角で、鬼斗牛山(きとうしやま・379m)の西に広がる小さな盆地を東鷹栖北地区と言う。東鷹栖北地区に近い近文(ちかぶみ)原野に1891(明治24)年埼玉県から数人が移住してきたのが、この地区の入植の始まりだ。その後は急激に入植者が増加し、わずか3年後の1894(明治27)年には357戸1380人になったと、「新旭川市史 第二巻」にある。

翌日も村上さんはトラクターに乗って荒代掻きを続けていた。この日は、西からの風が強く気温が上がらない。レンタカーの気温計を見ると、午前10時でも6℃だ。

東鷹栖北地区の中心となっている東鷹栖十線(じゅっせん)郵便局の近くに柏台神社がある。その境内に、1980(昭和55)年に完成した「鬼斗牛地区道営ほ場整備事業」を記念する「悠久豊土」と刻字された大きな石碑が建っていた。その碑文に“今や往昔の地形その片鱗を留めぬままに歴史的な変貌を遂げた地域一円”とある。

 「ここら辺は、元々入植した時は千枚田と言うような小さな棚田だったんですよ。地主というか大きな農場の小作に入植して、戦後の農地解放で富山県、宮城県などの出身者が固まって自分の田んぼを持ったそうです。うちは祖父が、宮城県の仙台から知床半島の付け根にある斜里町(しゃりちょう)の朝日というとこに入ったという話を聞きました。母が東鷹栖の出身だったんですよ。それで祖父さん祖母さん、みんなでこっちへ移住して3代目。16歳、高校1年の時に親父が亡くなったので、色々経験させてもらいました。父親が息子さんを教えている姿を見ると、うらやましいなと思います。受け継いだのは3町歩ぐらいですから、一時期は勤めをしていたんですけど、朝、スズメの鳴き声を聞かないと1日が始まらない根っからの農家ですからね」

村上さんの人柄の良さを頼みに話を聞かせてもらっているが、「話し掛けると殴られるよ」と言われるほど、水稲農家が時間に追われる田植え前だ。一枚の田んぼは4反(40アール)から1町歩ほど、荒代掻きは周辺から次第に中央へ進み、全体を2回巡る。荒代掻きに掛かる時間は4反の田んぼ一枚で2時間ほどだ。村上さんは、田んぼを移動するたびにトラクターから道路に剥がれ落ちた泥を、雪掻き用のプラスチック製のスコップで掬い取っていた。

タンパク質の含有量を調整する技術は必要ですね

|「稲の品種は“ななつぼし”と“ゆめぴりか”です。硬質米の苗なんで北海道には向かないと言われていたんですが、田植えから刈り取りまでの期間が短く、早く育たないといけないんで。品質改良が進んで北海道でも美味しい米が取れるようになりましたよ。今は、粘り、味、タンパク質の含有量は(本州の米と)まったく変わらない。反当たり10俵前後の収穫、少し下地へ行くと11俵かな。やたらと取り過ぎると味が落ちるんだよね。タンパク質が上がってくるんだよ。最近は、量ではなく味で販売しているんで、タンパク質の含有量を調整する技術は必要ですね。天候の変化と土地の条件に合わせた肥料のやり方なんですよ。ここら辺は水稲の専業農家なんで米に懸けてるからね」

田植えまでに14町歩の田んぼを大型トラクターで4回耕さなければならない。

|「1日に60リットルぐらいの軽油を使うかな。収入は、自分でやった分だけしか返ってこないので、やれば必ず100%自分に返ってきますんで、手抜きはできませんね。毎年、1年生です。さあ今年はどうやってやろうかと考え、お天道様と相談でやってますので、雪が多いと遅れるし夏に日照りが続くとさあどうしようですよ。機械の性能は良いけど、値段も良いですからね」

一千万円ほどする大型トラクターを、大事に乗っておよそ10年で買い換えていくことになる。大規模農家になればなるほど経営のリスクはそれだけ大きくなっていく。

|「本州のほとんどの農家は、米だけで生計立ててないでしょう。北海道は、そこが大変なんだということですよ」

村上さんの言葉に、水稲専業農家の自負が滲んでいた。

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