読者からのお便り

 神官が拝んで、竹の筒に入れてもらって、養蚕の棚のとこに立て掛けておくとネズミ除けになるってんで。昔はほら、ここらは、群馬県でも養蚕が盛んだったんだよね。ネズミが出て繭が食べられてしまうんだよ。「おすわさま」という竹の筒があって、その中を見たことはないんですけどね。
 うちの隣に、しんとさんという神官さんがいたんだよね。しんとさんが拝んだ筒の中に入れた物を借りていくのは、一個だけだよ。貸して下さいという村人が来たら、拝んでやるわけだから。利根郡、吾妻郡の方から、どんどん借りに来るわけだから。時期になると、「おすわさま」を借りに来る人が、次々と、方々から来るんで、境内に出店が出るくらい賑やかだったということなんだよね。年寄りがそう言ってたよ。
 戦後は、出店というのはなかったね。太鼓が鳴るから分かんだよ。祝詞をあげる時に太鼓が鳴るから、「30銭30銭って太鼓が鳴ってるで」と、部落の人たちが畑仕事しながら言ってたもんね。「おすわさま」の借り賃が30銭だったからね。今の時代と違わいね。10銭単位だもんね。
 尻尾の切れたアオダイショウが「おすわさま」の化身なんだよね。「おすわさま」というヘビは、尻尾が切れているわけ。何で尻尾が切れたかは分からないんだよ。だから、そういうヘビは「おすわさま」だから、殺しちゃならないというんで、尻尾の切れたアオダイショウが、神社に棲みついていたんだよね。でも、いつかは寿命というものが来るんだから、結局、メスとオスが居たんじゃないかね。代々のアオダイショウの尻尾が切れていたわけだよね。神社の掃除に行くとね、今でもヘビの抜け殻がけっこう出てくるんだよね。
 青竹は、神社に作ってあるんですよ。本殿に置いてあったんですよ。沢山は置いてないですよ。竹が切ってあって、半紙を巻いて、片方は節のところで切ってあるから。振るとカラカラという音がしてね。何が入れてあったんだろね。「おすわさま」の中身は見たことねえ。見れば価値がねえもんね。
 借りて、他所の家に寄れば効果が無いと。寄れば、そこの家(うち)に居着いちゃうんだって。途中寄っちゃだめだよ、まっすぐ家に持って行かなくちゃって、言ってたよね。
 蚕の時期が終わると、返しに来るわけ。春の蚕の時に借りに来て、秋の蚕が終わったら返しに来るわけ。夏の蚕は、お盆前にあげることになるんだよね。これが、秋子というんだよ。晩秋というのがあって、晩晩(ばんばん)というのがあるんだよね。お蚕様々で、人間が寝るところもないんだもん。ガサガサガサガサ音がしてね。
 養蚕時期になるとね。梁にヘビは来ていましたよ。そういうのは子どもの頃に見ていましたね。あれは「おすわさま」だから構っちゃだめだよって、祖父さんが言ってたよね。お蚕をやってる人は、「おすわさま」を諏訪神社から借りてくるんだけど、新田(しんでん)の人は、氏子だから借りなくても良かったんだよ。氏子の人は、「おすわさま」は祀らなかったね。
 ここの部落はね、寛永10年に入植してきたんだよね。
 春と秋に諏訪神社のお祭りがあるじゃないですか。春は、代々(だいだい)神楽というのが奉納されるんですけど、南室(なむろ)というとこから先祖が買ってきたんですよね。子持神社とか北牧(きたもく)とかね、昔は奉納に行ってきたんですよ。今も、春の祭りに神楽はやりますよ。
 当時は、木暮家は勢力があったんだよね。神楽も買ってきて、獅子も買ってきて、泊まりこみで習ってきたわけ。南室というところは、神楽が出来なくなっちゃったんだよね。それで、今になって、又やりたくなっちゃって、新しく始めたんよね。新田の人たちゃ、よく絶やさないでやっていると、ほめられたけどね。それもね、やる人が絶えちゃうからね、時代の流れで、しょうがないんだけどね。誰しも、生活があるからね。昔の方がそれだけ余裕があったんだよね。
 木暮家というのは、平成元年に300年祭をやったのだから。新田の古い15軒は、ぜんぶ木暮家です。今、35軒ぐらいあるよね。倍になったね。
 昭和42年ごろに、群馬用水で桑園がなくなっちゃうからね。それから後だよね、養蚕を止(や)めたのは。