読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙



 コンニャクの刺身といっても、ただ切るだけではない。コンニャクの一大産地である旧子持村では、コンニャク芋から作るのが当然なのだ。
 カツ子さんのご自宅を訪ねると、納屋にプロパンガスボンベとコンロがすでに準備されていた。まな板、大鍋、ミキサーなどの道具を並べたゴザの横に、「コンニャク作り 玉1キロ 水4リットル 炭酸ソーダ30グラム」と、油性ペンで分量を書いた白い紙が立て掛けてあった。もちろん、取材のための心づかいなのだ。
 最初の作業は、炭酸ソーダを少しのお湯で溶かしておくこと。カツ子さんは青いゴム手袋をして、トントンと軽快に皮を剥いた芋を親指大に切っていく。「痒みがね。かせる(かぶれる)人もいるんだよね。里芋と同じように痒くなるんです」。切り終わって「こんだぁ、攪拌(かくはん)しまーす」と、刻んだ芋を3回に分けて芋と水をミキサーに入れて、スイッチを入れる。蓋を押さえたまま大きな声を出して「いち、に、さん……」と数えて、30で終える。「経験から30秒がちょうど良かったからね。みんな勘です」。ドロドロになったコンニャク芋を大鍋に移して、そのまま5分くらい放置すると、少し固まってきた。「こうすると、こんだぁ煮詰める時に、短時間で仕上がるわけなんです。コンニャクマンナンが出てくるからね、マンナンは糊なんです」
 「火に掛けると、焦がさないようにかん回すわけ。色がね、少し赤いでしょう。煮詰まってくるとね、色が変わってくるんです。15分くらい掛かると思います」
 最初は強火で、沸騰してきたら、だんだん弱火にする。「焦げるからね。コンニャクの量が少ない時は、シャモジで混ぜると良いですよ。固まってきましたもんね。色が変わって、はぁ、飴色になってきますよね。透明感が出てきましたね。でも、ソーダが入らないと固まらないんです」
 ここで火を止めて、先ほどの炭酸ソーダ液を周りから円を描くように加え、一気に掻き回す。全体に炭酸ソーダが行き渡ったら、急いで型に入れて、平らになるように上から両手で押さえていく。「コンニャクの表面を平らにしながら、空気を抜くようにね」。炭酸ソーダを加えてから型に入れるまでは、気を緩めないで一気に作業することが肝要だ。
 「少し冷めないと固くならないからね。30分くらいで冷めますから、お茶でも飲んどいて」と言うと、カツ子さんは庭の水道で、つい今しがたまで使っていた大鍋を洗い始めた。次から次へと、体が動く。とても77歳とは思えない身のこなしようだ。
 「はぁ、でもね、独りになったからね。相手が亡くなったからね。そいだから、半分の仕事はできないですよね。道の駅の出荷だって、半分になっちゃったよね。トラクターも耕耘機も運転するんですよ。このタクワン、自家製。ウコンの色付けなんですよ。少ーし塩っぱかったんだけどね。お茶も自家製なんです。こないだ一反だけ小麦蒔いてきた。小麦の藁があるでしょう。あれをね、お盆様迎えにね、お客さんが待ってるんです。迎え火と送り火にあれを燃やしてね。それなんで貴重なの」
 お茶をいただきながらも、カツ子さんは、落花生を出してくれたり宅配便の配達があったり、少しもじっとしていない。
 「はぁ、湯がいてみるか。もう30分経ったからね」と、カツ子さんはさっさと納屋へ向かった。「少し水入れてね、切るん」と言いながら、型の中で包丁を入れてコンニャクの大きさを整える。たっぷりの水を入れた大鍋に一握りの塩を入れて掻き回すと、切り分けたコンニャクを入れた。「水のうちから入れて良いんです。強火のまんまね。これ、湯がくと又、コンニャクの感じが違ってくるんです。2回ほど湯がいた方がアクが取れてね、良いんです。沸騰すると、炭酸のアクがね、逃げて、いごくないんです。苦みが無くなるんだいね」
 鍋の中で湯が沸騰してくると、細かい泡が表面で踊り始めた。「これがアクなんですよ」と、丹念にアクを掬い取っていく。「今は荒いような肌だけれど、これが冷めるとね、肌がうーんと綺麗になるんですよ」。
 アクが出なくなると鍋から取り出して、水を張った大きめのボールに浮かせて冷ます。ボールの中で、水に浮いているコンニャクに包丁を入れて、厚みを半分にしていく。「すぐ食べるのに、薄くした方が中までアクが抜けるからね」。
 2回目の湯がきは、ほとんどアクは出ないで終わった。
 「コンニャクらしい色になってきましたよね。これが冷めるとうんと柔らかくなりますよ。お刺身コンニャクにするには、水ん中で少し冷やした方がね」
 冷ましたコンニャクを水の中から一枚取り出して、縦半分にすると、厚さ5ミリ弱の刺身に切り揃えていく。
 「良いんですかね。これで良いんですか」と、切り揃えているカツ子さんが何度も念を押す。皿に盛り付ける前、一切れ口に入れたカツ子さん「いごくないね」と、出来上がりには満足そうだ。
 ワサビ醤油も準備していただいて、ぷるんとしたコンニャクの刺身を口に入れると、ツルリと口に馴染んだ。柔らかい口当たりだけど、プリプリと弾力がある。喉を通過した後で、ほんのりコンニャクの香りが漂う。味というよりは食感の軽快感が、もう一枚もう一枚と思わせるカツ子さんのコンニャクの刺身だ。