読者からのお便り

アメリカセンダングサの花にとまる
ヒメアカタテハ

 畑の片隅や屋敷の一角に、色とりどりに花咲く小菊が目に付く。それも丹精込めた風情の菊ではなく、どちらかといえば無造作に咲き乱れているのだ。あまりに菊が目に付くので、新田(しんでん)集落には、各戸で菊を植えなければならないという決まりでもあるのかと思ってしまうほどだ。咲くがままで手入れされていない様が、却って地域への親しみと暮らしの大らかさを感じさせた。集落下の斜面は区画整理され、コンニャクを植えた段々畑が広がっている。
 群馬県渋川市の子麓(しろく)地区直松(すぐまつ)は、地元で新田(しんでん)と呼ばれる35戸の集落だ。旧子持村の村名の由来となった子持山(1296.4m)の裾野に点在する集落で、北東側を流れる利根川に向かって傾斜している地形は、ここから関東平野が始まっていることを実感させる。
 「昭和42、3年頃に、利根川から水を引いて群馬用水ができた時には、みんな田んぼだったんだよね。コンニャクの方が値が良いもんだから、コンニャクに変えたんだよ。今も稲を作っているのは、人手がない家(うち)なんだよ。一俵30キロで2万円したこともあるんだ、2万円。1万円札を勘定するんが面倒で、目方で計ってたと言うんだから」
 3年物のコンニャク芋を収穫している八高吉信(やこう よしのぶ)さん(71)が、芋の根元に生えている毛をむしりながら教えてくれた。まだ掘り起こしていない畝には、枯れ落ちたコンニャクの茎が土色になって横たわっている。その畝の上に小野明男(おの あきお)さん(64)が、青いポリバケツを持ってパラパラとライ麦の種を蒔いて歩く。緑肥用ライ麦の種を蒔いておいて、コンニャク芋を掘り起こすと同時に土に巻き込み、そのまま来春になってライ麦が育ったところで、すき込みながら畑を耕して肥料にするのだ。収穫の手伝いに沼田市から来ている明男さんは、吉信さんの妻光子(みつこ)さん(67)の弟である。

ホトケノザ


ツチイナゴ


ハチヤ柿が実る


八高光子さん

アメリカセンダングサの実


掘り起こされたコンニャク芋

 芋の毛をむしりながら大きさ毎(ごと)に仕分けしていた吉信さんが、「こりゃ1.6キロあらぁ。こりゃ止した方がいいな。うまくねぇ」と呟いて、大きな芋を丸い仕分けカゴの外に置いた。コンニャク芋の規格は、小が100から300グラム、中が300から1500グラム、大は1500グラム以上と分けられている。小と大の価格は、中の8掛けになってしまう。規格の境目にありそうな芋は、一つひとつ秤で計って規格に合わせていくのが、吉信さんの流儀だ。

稲が短くてぇ家の前のハザには掛けられん
鎌で雑草刈って、歩いて一条ずつ稲を刈る

 収穫したコンニャク芋を仕分け用の丸カゴに入れて、1tトラックのコンテナまで運び、コンテナが一杯になったら仲買人へ出荷する手順だ。吉信さんがトラックの荷台に上って、コンテナの周りにコンニャク芋を丁寧に並べて積み上げている。
 「端(はじ)の方だけ並べっと、余計に入るだよ。芋の毛だって誰もむしっちゃいねえだけど。ばかっ丁寧なんだよ、俺っちは。クセなんだからしょうがねえよ」と、吉信さん。
 今やほとんどのコンニャク農家が、トラクターでコンニャク芋を掘り、ブルドーザーのようなバケットを取り付けて仕分けの終わった芋を一気にコンテナに運び込む方法で収穫する中で、吉信さんの流儀はずいぶんと念入りで悠長な作業に思えた。
 「2年物の小さめの玉(芋)をもう一度来春植えて、3年物で出荷するんさね。冬の間に土壌消毒をしないとコンニャクはできねぇさね。できてもろくなもんじゃねえ。夏場は草が生えるから草刈りや消毒をしないと。ボルドー液や石灰を掛けるんだ。そやないと、みんな病気になっちゃう。何だかんだで一反10万(円)くらい掛かっちゃうんさね。あんまり難しいことはないんだけどね。2町歩で1000俵やっとぐらいしか出ないだよ」
 吉信さんと明男さんが向かい合って座り、芋の仕分けをしているところに、妻の光子さんが10時のお茶を準備して来た。光子さんは、今年4月に大病を患い、まだ畑で働けるほどには回復していない。そのため、弟の明男さんに忙しい収穫の時だけ手伝いに来てもらっているのだ。
 「明男が手伝いに来てくれて、拝むようだよ。掘ってもらって良かったよ。お金になるんだからね。長男もすぐ隣に家建てて居るんだけどね。PTA会長やってんだよ。忙しくて会社を首になるようだよ。でもな、立派な挨拶するでぇ、われゃたまげたもん。和幸ゃ立派だよ。自分の子を褒めるようだけど、誰に似たんだよ、お祖父さんに似たんかね。孫はチアガールやったり、大きい方の孫はピアノが上手いんだよ。午後からは、和幸も手伝いに来るって言ってたよ」
 お茶をいれながら光子さんは、夫の吉信さんに向かってか、私に向かってか分からないが、息も付かずに嬉しそうに話した。すると、照れ隠しのためだろうか吉信さんが立ち上がって、トラックのカーラジオから聞こえてくるドラマのボリュームを大きくして、再び、お茶をすすり始めた。
 「お父さん、早く玉入れちゃいな」と、言って光子さんが帰っていった。「うるせぇ」と大きな声で吉信さん。そして声を落として「てめぇができねぇから、心配ばいしてんだ」と呟く。
 「うちの家は、あの紅葉している大きな桜が見えんだろ、あそこだよ。皇后の美智子さんの結婚式ん時に、おやじが植えた記念樹なんだよね。記念樹だから、伐れねえんだよ」
 吉信さんたちがお茶を終えて仕事を始めようとした時、隣の畑から八高とみさん(84)が姿を見せた。
 「柿をやるよやるよ、とは言うけど、自分でちぎってやることはできないから、私が居る間に採ってちょうだい。(私が居ない時に)ただ採っているのを見られるのはいやでしょう」と、柿ちぎりを誘いに来たのだ。明男さんが、とみさんの後に付いて行くと、吉信さんもタオルで鉢巻きをして追いかけて行った。とみさんはブロッコリーやキャベツ、白菜、柿などを収穫して手押し車に積み込んでいる。吉信さんたちが柿を採っているのをしばらく見ていたが、前の畑で仕事をしていた押江昭子(おしえ あきこ)さん(59)に白菜を分けてあげて、そのまま帰って行った。

ニラは種飛んでガツガツ増えトマトは、腹いっぺ取ったし

 旧子持村子麓地区に広がるコンニャク畑は、南に遠く聳える榛名山の寄生火山である二ッ岳が、古墳時代に噴火した時に飛んできた軽石(けいせき)が混ざっているため、水はけが良くて保水力もある。その特徴ある土壌が、コンニャクの連作もできるし果樹にも向く畑となって、この地域の農業を支えているのだ。
 「色々なものが作られているけど、やっぱり王様はコンニャクですよ」と言うのは、2年物の芋を収穫していた押江久(おしえ ひさし)さん(62)だ。来年出荷する3年物の種にするための収穫である。2年物や3年物の芋に付いている小芋を生子(きご)と言い、生子の中でも大きめの物を選り分けて来年の1年物の種芋にする。つまり、コンニャクは出荷するまでに4年もの期間が必要なのだ。押江さんが、トラクターの後ろに取り付けた掘り起こし機で2畝同時に掘ると、平になった土の上にコンニャク芋だけが浮き出たようにきれいに並んでいる。妻の昭子さんと手伝いに来ている弟夫婦の島田宣彦(しまだ のりひこ)さん(58)と敦子(あつこ)さん(49)が、土の上を這うように座り込んで芋と生子を選り分けながら収穫していく。
 「私が、夏に小菊を作っていて、姉夫婦に手伝いに来てもらっているので、代わり交替で来ているんです。結(ゆい)と言うんですかね」と、宣彦さん。
 来年出荷する3年物の種にするために掘り起こした2年物の芋は、来春まで小さなコンテナに入れて自宅2階のコンニャク倉庫で保管することになる。コンニャク倉庫は、芋を凍らせないため、サーモスタットで温度管理ができるようになっている。
 来年の種にする大きめの生子を決めるのは、勘のようなもので特に決まりはない。種にならない小さな生子は、そのまま畑に放置しておくと春の植え付けの頃には無くなっているというが、「どういうんだかね」と昭子さん。生子が消えてしまう理由は分からないのだ。
 「百姓やってるとね。歳を取ったほど、ご先祖様のとこへ帰っていく感じがありますね」と言うのは、宣彦さん。それほど自然の力の奥深さを感じるという意味なのだろう。

喪に服し、自慢のキリコが今年は中止地図から抹消されるとこに住んどる

 昼前に、渋川市の市街地に居る吉信さんの娘の八木春美(やぎ はるみ)さん(44)が、息子の瑛太(えいた)くん(2)を連れて来た。昼過ぎになると、長男の和幸(かずゆき)さん(45)も家族総出でやって来た。光子さんが大病をしたため、家族全員が年間で最も忙しい収穫のこの時期を乗り越えようと、手伝いに集まったのだ。勤めているため普段は農作業には縁がなさそうだが、和幸さんの手の動きは本物の農民のものだ。
 「生まれた時から農家だったですからね。子どもの時から家の手伝いはしていましたから」と和幸さんは、黙々と芋の仕分けをしながら気負いはない。和幸さんの妻と娘たち2人も収穫した芋運びを手伝っている。午前中は、明男さんと2人だけで淡々と収穫していた吉信さんは、午後から手伝いに来た子どもや小さな孫たちの声を聞きながら、家族の温もりを感じていることだろう。


取材地

●取材地の窓口
渋川市子持総合支所 経済建設課
〒377-0292 群馬県渋川市吹屋384番地
電話 0279-24-1211 Fax. 0279-24-6189

●取材地までの交通
①JR渋川駅前の5番のりばから関越バス(Tel.0279-22-2020)桜の木、又は上野入口行きに乗り、伊熊バス停下車。所要時間は約20分、料金は片道500円。伊熊バス停からは徒歩で約15分。日曜日は運休。
②JR高崎駅からJR上越線の水上行きに乗り、敷島駅で下車。1時間に1本ほど運行している。所要時間は36分、料金は片道480円。敷島駅からは徒歩で約30分。