読者からのお便り
リトルヘブン余録

 今号の取材をするために資料を読んでいると、「能登の里山里海」という言葉に出会った。能登半島全体に広がる伝統的な農業、生物多様性が守られた土地利用、民俗行事などを含む農村および漁村の文化と景観を、地域を支える仕組みとして、一体的に維持しようとする取り組みを意味している。
 里山里海の言葉が示すように、能登半島の地理的特徴からも分かるが、山間部といえども車ならば海辺まで30分足らずで行くことができる。つまり、能登半島には山の文化と海の文化が密接な交流を行うための地理的な特徴が備わっているのだ。
 このように地理的、歴史的、文化的な特徴を兼ね備えた能登の第一次産業に携わる人々の営みが、国際連合食糧農業機関(FAO)によって評価され、平成23(2011)年に世界農業遺産に認定された。
 FAOが、世界農業遺産プロジェクトを創設した背景には、近代農業の行き過ぎた生産性への偏重が、世界各地で森林破壊や水質汚染等の環境問題を引き起こし、さらには地域固有の文化や景観、生物多様性などの消失を招いてきた点に関する反省と危機感を挙げている。
 この背景の認識は、私たちが農山村で取材し、「リトルヘブン」を通じて、伝えてきた趣旨と共通するものである。今号の「虫の眼 里の声」で登場していただいた田畑稔さんは、意識して主体的に伝統的な農業を継続しようとされているし、「お茶を飲みながら」の語り部で登場していただいた圓堂長吉さん夫妻の暮らしぶりは、「里山里海」における生活者としての営みを意識することなく実践しておられる。
 田畑稔さんや圓堂長吉さんの暮らしが成り立つのは、奥能登の自然がそれだけ豊かであることの証だ。若い世代が減りつつある現実の困難に直面しつつも、世界農業遺産に認定された評価をてこに、経済的視点だけでは見えては来ない奧能登に受け継がれてきた魅力ある暮らしが、とめどなく進む近代化へ疑問を投げかけている。

写真と文 芥川 仁

※参考資料:石川県・世界農業遺産「能登の里山里海」情報ポータル