読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙


 秋祭りを終えた翌日は晴天。長雨の後の晴天は、野良仕事日和(びより)だ。鈴子さんも畑の仕事をしなければならなかったのだろうが、笑顔で迎えてくれた。玄関を入ると、畑からの収穫物が廊下にきちんと並べられている。ブラックボール(スイカ)、枕スイカ、メロン、ナス、ソーメンカボチャ、恵比須カボチャ、甘栗カボチャ、雪化粧カボチャに冬瓜(とうがん)などだ。カボチャの種類が多いのに驚く。
 台所に案内していただくと、すでに下準備が始まっていた。「二つ(杯)だけ残しといた。背中の骨みたいなのを取って、ワタを取って洗いますよ」と、体長10センチほどのイカの足を抜き、水道水を流しながら洗う。「このイカ、何と言ってたかな、聞いたけど忘れた」と、イカの種類にはこだわりがないようだ。イカのワタを抜き取ったら、胴の部分を1センチほどの幅で輪切りにしておく。
 IHクッキングヒーターに掛けた鍋の水が沸騰する前。「醤油をほんの少し、心持ち入れます。そこへイカを入れて軽くかき回して、そのまま」。鍋が沸騰するまでの待ち時間に、すり鉢で味噌をする。「これが肝心。味噌にミリンと砂糖を加えてね。私ら何でも目見当やからね、量は自分好みで。味噌の麹がなくなるまで丁寧にすった方がいいね。麹がなくなったらショウガのすり下ろしたのを加えます。ちょっとショウガが多かったかも」。鈴子さんは、更に丁寧に味噌をすり続ける。
 「お、イカが沸騰しとる。あまり長く熱湯に置くと、イカが固くなるからね」と、鍋が沸騰したらすぐにイカをザルに上げる。湯を切ったら、そのまま味噌をすっていたすり鉢へ移し、茹で上がったイカを味噌と絡める。「他の器で混ぜてもいいけど、幾つも容器が汚れるから」と言ってるうちに、「はい、できあがり」。盛り付けが終わるまで、わずか11分だ。
 鈴子さんは残してあったイカの足を使って、添え物として酢の物を作り始めた。「足が残っとるから、それとふくらぎ(ブリの子)の身をちぎって入れて、二杯酢のナマスを作ります。普通ならブリのカマんとこを入れれば良いんやけど、今、そんなのないから」。ともかく鈴子さんは、手際が良い。
 「これ、私ね、前にね、漁師の奥さんが経営している食堂へひと冬だけアルバイトに行っとった時に習って、お客さんで、誰も残す人いなかった。旅の人に一番人気やった。夫婦で漁師さんやから、漁から帰ってくる午後2時ごろまでは私ひとりで店やっとった。山生まれの山育ちやから、刺身作られんかったのやけど、魚貰って、うちに持って帰って練習」
 なるほどと納得だ。言ってみれば、プロの技なのである。さて、鈴子さんの「イカのショウガ甘味噌和え」をいただきましょう。
 「味見せんとしとるんやから、(味は)分からん。冷えても大丈夫やけど」と、ちょっと弱気な面をみせる鈴子さん。心配そうに正座して、傍らで私がいただくのを見守っている。
 味噌の絡んだイカを口に運んだ途端、ショウガの香りが味覚を刺激する。噛むとイカの弾力がプチプチと歯応えとなり心地良い。味噌の塩気は加えたミリンと砂糖との組み合わせで緩和され、優しい味となり食欲をそそり箸が進む。味噌は、味の深みになっているようだ。「旅の人に一番人気やった」というのも頷ける。「ほんとは、お酒かご飯があったらいいのやけど」と言うと、直ぐに、昨日の秋祭りに炊いた栗赤飯を出してくれた。
 同じ石川県内に家庭を持っているふたりの息子さんたちは、仕事が忙しいためにめったに帰ってくることはないそうだ。年に1回か2回、帰ってきた時の一番人気が「イカのショウガ甘味噌和え」なのだ。「一杯のつまみに持って来て」と、座敷から声が掛かった時の鈴子さんの嬉しそうな顔が想像できる。山間部であっても海に近い奥能登ならではの手軽で人気の一品だ。