読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙


 
 
 
  



 


「うちのトマトジュースです。絞って塩入れただけ」と、玄関で靴を脱ぐ間もなく、里美さんの気遣いをいただく。ほんのりとした甘みとわずかな塩味。柔らかい液体が喉を通過した後、「青臭い」と言われるトマトの香りが鼻に抜けて清々しさを呼ぶ。
 台所には、本日のトマトカレーに使う材料が大きな角皿に並べられて準備が整っていた。真っ赤で大きめなトマトが3個、ナス1本、ジャガイモ3個、椎茸3枚、ピーマン2個、タマネギ大きめなのが2個、ニンジン1本、それにニンニクを一片。肉は、奥三河地方でしか味わえない鳳来牛(ほうらいぎゅう)を400グラム。「今日は、たまたま肉の切れっ端が無かったもんで、贅沢になります」と、里美さんが今日の牛肉は特別を強調する。これで市販のカレールー11皿分の材料だ。
 まずは小鍋を火に掛けて、トマトの皮を湯むきするために熱湯を沸かす。「赤いトマトは皮が気になるからね」と、トマトを1個ずつ鍋の熱湯にくぐらせて皮をむき、くし形に切って大鍋に入れる。「トマトが水代わり。秋のトマトを食べてほしいね。コクがあるんだけどね」。大鍋は、真っ赤なトマトで一杯になった。薄切りにしたニンニク、それに乱切りにしたニンジンとジャガイモもこの時一緒に鍋に入れる。
「普通は炒めるんですけど、ヘルシーカレーだから炒めないで煮るだけ」。水を200cc加えて強火に掛ける。里美さんは、ふっと気付いたように、ガス台前の柱にリースにして吊してあった月桂樹の葉を3枚ちぎって鍋に入れた。「我が家のローリエ。息子の小学1年生の記念樹なんです。隣の息子の家の前にあるでしょ、大きくなって。おじいさんが一度切ってくれたんだけど、また大きくなって」。鳳来牛は小さめに切って、これも炒めないで鍋に入れる。煮立ってきたら中火に。ここまでにわずか10分だ。
 「ジャガイモはきたあかり。柔らかいから、すぐ崩れちゃうんです。最初は、男爵やメイクイーンだったんですけど、きたあかりがほくほくで、蒸かしただけでも、とっても美味しいんです。ほら、もうローリエとニンニクの香りがすごいでしょう」
 大鍋は中火に掛けておく。隣のガス口で、椎茸をフライパンで素焼きして香りを出しておいてから、べに花油を少し垂らして一口大に切ったナスを炒める。最後に、ピーマンの乱切りを加えて、更に炒めておく。
「うちのおじいさんは、うちのカレーじゃないと食べないおじいさんでした。他所のカレーは美味しくないって」
 タマネギ2個を大きく切って、大鍋に入れる。「タマネギから、また水が出ます。ナスも取り立てだから水が出ます」。この後、フライパンで炒めておいた野菜を全て大鍋に入れる。
「ここで、蜂蜜を大さじ一杯加えます。秋は、トマトが甘くなっているから、入れなくて良いよ。冷たいトマトを蜂蜜で食べると美味しいんですよ。トマトを買った時、残念だな、美味しくないなっていうトマトに当たった時は、蜂蜜とレモンで和えて食べると美味しいですよ。フルーツトマトって言うの」
 ジャガイモが割り箸の通る固さになったら、市販の中辛カレールーを入れて、よくかき混ぜてから火を止める。
「最後に牛乳をカップ一杯加え、かき混ぜたら出来上がりです。カレーが冷めて、次に食べる時も牛乳を加えて温めます。9年前に亡くなったおじいちゃんは河合光雄っていうんですけどね。菅沼で最初にトマトを作り始めた人でね。私、小さい頃からトマトが大好きでね。親が私のためにわざわざ買ってきてくれるほどトマトが好きだった。そしたら、出会った人がトマトを作ってたの」
 米は、自家米のミネアサヒ。深めの皿に盛りつけたカレーの上に、細かく切った真っ赤なトマトと軽く湯がいて鮮やかな緑色のモロッコインゲンを散らした。一口いただく。個性を押しつけるというより、穏やかで包容力のある人柄のように、具に入っているたっぷりの野菜が様々な変化を感じさせるのを楽しむのだ。カレーの香りに混じって、トマトの香りがほんのり漂う。食べ進むうちに、里美さんが 「あんまり辛いと、85歳のおばあちゃんが食べられないし」と言っていた理由が分かるように思えた。強烈な辛さで食欲を増進させるのではなく、カレーの香りと野菜味の多様な変化で飽きさせないのだ。里美さんのトマトカレーを 「世代を超えるヘルシートマトカレー」と名付けよう。