読者からのお便り

 

 

 

 むかーし、むかし。大昔の話よ。
 入来(いりき)の東の方のいっちばん高い愛宕(あたご)ん山のちょっぺん(頂上)にな、まこて(誠に)気の荒か天狗どんの住んじょりやった。めえ晩めえ晩(毎晩)、岩を蹴り飛ばしたり、高か山の上でしこを踏んだりして、まこて、荒いこっ(事)ばっかりしておったそうじゃ。そいでね、愛宕ん山のちょっぺんな、砕けた岩が散らばって、ざま(様)あなかったそうじゃ。
 一方こちらの南の方のいっばん高か八重(はえ)ん山のちょっぺんにな、まこてぇ気の優ぁしか天狗どんの住んじょりやった。めえ晩めえ晩、山を撫でてね、きれえにするのが好きな天狗どんじゃった。
 ある時、東の山の愛宕ん山の天狗どんが、八重ん山の天狗どんに声を掛けてきた。
 「おーい、めえ晩めえ晩、ひとっこっ(一つの事)ばっかりで面白なかね。どうな、おいとおはんと、今夜、力競べをすいや」
 「おお、そら面白かろごつあっどね。そして、どげな風にするかな」
 「そっちの八重ん山はのっぺりとした山ばっかいで面白なかで、愛宕ん山に来てみねか。こっちん山はごつごつして力競べにはもってこいじゃ」
 ちゅうこつ(と言う事)で、八重ん山ん天狗どんは、愛宕ん山に飛んできた。
 「おう、よう来てくいやった。こげな荒れた山でびっくりしたろがな。めえ晩、踏んだり蹴っ飛ばしでな。おいの力はたいしたもんじゃろが。こげなことは朝飯前じゃ」
 岩が砕けて荒れた山を見た八重ん山の天狗どんな「まこて、山がぐらし(可哀想な)こっちゃ。よか山につくり変えてやいもそ」と言うと、傍にあった藺牟田(いむた)ん山を掬(すく)い上げて、手のひらの上できれいな形の小山を作った。
 真っ白いご飯をお椀に盛ったような形の山だったので、あとの人が飯盛山(いいもりやま)と名を付けたそうじゃ。
 「どうな、きれいござんどが」、にこっと笑ってみせる八重ん山の天狗どんに怒った愛宕ん山の天狗どんは、「何のそれぐらい大したこっじゃなか」と言うが早いか、その藺牟田ん山を掬って持ち上げたではないか。そして、顔を真っ赤にして踏ん張ると、山を持ち上げたまま入来を向けて、どすんどすんと歩きだした。
 「どこへ持って行くとな。力競べはおいの負けじゃっで、山をもとんとこに下ろしゃったもんせ」
 「うんにゃ、海まで持って行って、うっせてみすっで(打ち捨てて見せるから)」
 愛宕ん山の天狗どんは、山を持ち上げたまま樋脇(ひわき)の弁天原(べんてんがはら)まで歩いていった。ちょうど夜が明け始めたので、そこに持っていた山をどっこいしょと下ろして据え付けた。それが、今の丸山弁天だそうじゃ。そして、その山を削り取った後はね。水が溜まってふとかぁ池になったそうじゃ。そいが、今の藺牟田池。そいだからね、藺牟田池の周りと丸山弁天の周りは、どっちもちょうど一里、今で言う4キロだそうじゃ。
 そいからね。丸山弁天の横に小さな丘がある。それは、天狗どんが山を下ろした時に手に付いていた土を払ってできた丘じゃから「天狗どんのもっこ(畚)おか」と名前が付いとるそうじゃよ。
 それからもう一つ、弁天原のあちこちにへこんだ所がある。それは天狗どんの足あとじゃそうじゃ。
 まこてふとか話じゃわいね。おしまい。

注:現在の八重山の呼び方は「やえやま」だが、古くは「はえやま」と言われていた。
注:「もっこ(畚)」は、縄を網のように編んで、四隅に綱を付けたもの。土などを運ぶのに使った。