読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙

 
 
  





 近くのスーパーで買ってきた骨付き地鶏ひとパック(約300g)とみのぶし(昨冬に畑で取った大根の千切りを乾燥させたもので、見た目はカンピョウに近い)、ゴボウの乱切りを水の入った鍋に入れ、落とし蓋をして強火に掛ける。
 ノリヱさんが内之尾集落に嫁に来た40年ほど前までは、庭で地鶏を飼っていたそうだ。
 「木戸(庭の入口)に小屋を作ってニワトリを飼っていたですけどが、子ども達が幼稚園の頃までやったやろか。タヌキが来るもんで、じいちゃんが罠を掛けて置いたら長男の公博(きみひろ)がそん罠に掛かってから、外し方が分からなくて、誰も居らんもんだから、川向こうの谷口秀隆さんを呼びに行ってですね。怪我はなかったですよ、ほんのタヌキ用の罠だったから。ニワトリを飼うのを止めたのは、それがきっかけというより、糞の臭いがしてたのと、蹴るニワトリが居たんですよ、オスがね。飛んできて蹴るんですよ。地鶏だもんだから、外に出していたもんだから。私は蹴られる役目で、ニワトリもね、やっぱ弱い者に向かってくるんですよね。それで嫌になったもんで」
 鍋は5分ほどで沸騰し、落とし蓋の周りから泡が吹き上がってきた。時折、アクを取りながら煮続ける。「店の人が『すぐ煮えるよ』とは言われたけどが、やっぱニワトリによりけり。なかなか骨が柔らかくならないだろうから」。ノリヱさんはそう言いながら、親指大のショウガをざく切りにして鍋に入れた。「私のは、思い出し思い出しで加えていくから」。
 鍋から立ち上っていた鶏肉の煮える匂いは、急にショウガの香りに変わった。
 「昔の地鶏は、美味しかったような気がするんですけど。少数飼いで自分の庭で飼っていたけど、今は地鶏と言っても小屋の中で飼っているから、昔とすると違うかなあと思いますけどが」
 火に掛けて15分くらい経った。「まだ固いから梅干しを入れますね。2個入れました。それと、酢をちょっと入れますね。煮付けちゅうのは、ゆったりしている時の方がいいですね。さのぼり(田植えの終わりを祝う祭り)とか正月にしたりするんですけどが、普段はあんまりしませんね。沢山煮ると美味しいんですよね」
 梅干しを入れた後しばらくして、コンニャクと厚揚げを2㎝ほどの角切りにして加えた。まだ、味は付けていない。煮詰めていたら煮汁が少なくなってきたため、お湯を少し加える。更に、アクを取りながら強火で煮続け、ニンジンを大きめの乱切りにして最後に加えた。すでに40分ほどが経っている。
 「私はただ目見当で」と、ノリヱさんは袋からザラメをパラパラと入れる。醤油を鍋にひと回し、ミリンもひと回し、酒を少々、塩をちょっと。味見をしたノリヱさんは、首を傾げて「あんまり良くない」と、ザラメを少し足した。味が全体に染みるように、下の方からお玉で掻き上げる。もう一度味見をして、ほんの少し味噌を足した。
 「本当は、もっとゆっくり煮たら柔らかく煮えるだろうけどが、店の人が早く煮えると言われたのだけど」と、骨付き地鶏が柔らかくならないことに不満そうだ。
 「昔は、頭も足も入れて煮たのですが、爪だけ取ってね。頭よりも足の方が美味しかった。肉というより足の皮ですよね。皮がドロッとして、それがご馳走でしたね」
 昼食の時間になって、夫の道博さんが田んぼから帰ってきた。
 「山ん神楽なんかの催し物をする時には、5、6羽は潰すでしょう。ビンタ(頭)は一つずつしかなかどん、足は2本ずつあるから良か。朝寝ごろ(朝寝坊)はビンタを食べなさい。そうすっと朝早く起きるようになるっち、言いよった。腸は刺身で食べよった、ちゃんと塩で揉んでな。昔は、時間はあるし、たっぼん(竈)やからガス代を倹約せんでも薪はいっぱいある訳やから」
 私も、餅粟入りのご飯と一緒にいただく。しっかり煮込んだ濃い味を想像していたので、甘みのある上品な薄味が意外な気がした。
 「もっとゆっくり煮たら骨と肉が離れるんですよね。急ぎの時には、圧力鍋で煮たりするんですけどが。今の時期は大根がないから、みのぶしでしたけど、それが甘みになっているでしょうね」
 確かに、肉は少々固い。喉の骨に付いた肉をしゃぶっていると、道博さんが横で「喉がニワトリじゃ一番美味しいところ」と言う。みるみるうちに、小骨が皿に一杯になった。骨をしゃぶりながら、こびり付いているわずかな肉を味わう楽しみがある。骨付き地鶏の煮付けは、時間を気にせずゆっくり煮込むことが必要だが、食べるのも時間を気にせず骨をしゃぶり尽くすことが料理に対する礼儀のようだ。