読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙

 
 
  





 「うちで食べるんは、孫2人だけやのに」と言う和子さんに、無理をお願いして作ってもらうことになった「まんばのけんちゃん」。「まんば」は、高菜の香川県東部での呼び名だ。
 「塩も何にも入れんと、ただ湯がくだけ。水が沸騰してから、まんばを入れて1分くらいかな。今ごろのまんばは、霜に咬まれてるから、すぐに茎が柔おなる。このごろのまんばは、あまりアクのないまんばもあるんやね。茎の薄皮を取った方が甘みが出るからね」。湯がいたまんばを鍋から取り出して、水を張ったボールに浸け、一晩置く。
 翌朝、「一晩置いといたら、昔は、水が紫色になりよったけど、今のは緑色やね。品種が変わったんやろね。本当は、底が見えんようになるぐらいアクがあるんや。私は、昔人間やから、アクだけは取って食べたいね。アクがきついんは、舌が痺れるような感じになるからね」。
 まんばの葉は、大きいのを5枚が目安。2、3センチの幅でぶつ切り、油揚げは短冊切りにしておく。鍋を温めてから、油大さじ2杯を入れる。油が熱せられたら、「まんばをちょっと絞って、お揚げさんと一緒に入れて、油で炒めますね。火は、しんなりするまで中火で置いときます」。
 まんばの茎がしんなりしてきたところで、ミリンと醤油を振り掛けて、豆腐を加える。「私は、豆腐を手で潰しながら入れるんです。切って入れても、混ぜるから潰れると思うけど」。混ぜ続けて、豆腐が崩れてきた段階で、出汁を加える。「イリコを使って、1リットルの水で出汁を取るのが本当らしいんですけどね。私は、出汁の代わりにほんだしを振り掛けさせてもらいます。ほんだしを使うたから水を1リットル加えます。すんません」。
 小皿に取って、味見をする。「ちょっと甘いから、砂糖は止めてミリンだけでいこうかな」。「これで20分くらい中火か弱火で置いといたら、醤油も出汁も染み込んで、今ごろのまんばは、柔おなってしまいますから。蓋してちょっと置いときますね」。
 味を見ながら仕上げに入る。「自分とこの味に調整しもって仕上げていくんですけど、今日は、砂糖を入れんでミリンだけでいきます。ピリッとしたい人は、トウガラシを入れるのも良し。そこそこの家庭の味でね。今日のまんばは、霜に咬まれとるけんね、早よ柔おうなると思います。普段、私んとこは豆腐だけで、油揚は入れんのです。妹んとこは、厚揚げを入れるんやて、それで豆腐は入れないんやて」。
 和子さんは、「まんばのけんちゃん」を引き受けたものの心配になって、妹さんだけでなく広島市と丸亀市に居る娘さんにも作り方を確認してくれたようだ。
 「この頃は、お肉が入るんやと。お肉が入らんとまんばのけんちゃん言わんのやと。肉入れたら美味しいんで言うとったわ」
 葉物野菜が少なくなる冬場の野菜として重宝されるまんば。畑では、外側の大きな葉からもぎ取っていくと、次から次へと葉が出てくるので「万葉」と呼ぶとの説もある。
 湯気の出ている「まんばのけんちゃん」を小鉢に盛りつける。「味がどんなんか分からんから、気の毒なんやけど」と、和子さんが遠慮がちに差し出す。
 まんばの香りが口の中に広がり独特の風味を醸し出す。まろやかで、ちょっと薄味だ。それだけに、まんば独特の個性が料理を引き立てている。他の葉物野菜だとクセがなさ過ぎて、存在感が薄いように思える。「田舎の人は、野良仕事があるから味が濃いんです。うちは、甘党やからついつい甘うなってしまうんや」と、作る前から言っていた和子さんは、味付けに少し遠慮をしたのかも知れない。
 和子さんの「まんばのけんちゃん」は、自己主張はしないけど万人に受け入れられる小鉢に仕上がった。お人好しの味とでも言うのだろうか。和子さんの人柄が、味に滲(にじ)み出ているようだ。