読者からのお便り


 翌日は、栄さんがジャガイモの植え付けをしていた。消防署に勤める長男の久男さんが、夜勤明けの朝は必ず農作業の手伝いに高松市から帰ってくる。栄さんが、冬耕の終わっていた田んぼを、ジャガイモを植えるため、「耕二」という名の乗用トラクターでもう一度耕している。「骨董品じゃけん、写真撮られたら風が悪い」と言いながら、達者な運転ぶりだ。「2度いもの準備な、ちょうど時期じゃけに。昔は、麦をやりよったけんな、全部、麦をやりよった。ジャガイモのことをここらでは2度いも言うんじゃ。若い者は、皆、仕事に行くけん、年寄りがせないかん。50年以上も百姓しよって、イモの植え付けの写真撮られたんは初めてじゃ」。
 栄さんには、孫が9人、ひ孫が8人居る。「遊びに来たら、米や野菜や持って帰(いぬ)るけん、作っといてやらな」と、精出している。「去年の倍やった。だいぶ持って帰(いね)るわ。今年植えたんは、メイクイーン、男爵、キタアカリ、出島、もう一つ赤いんは何ちゅうか知らんのやけど。それぞれに味が違うけに」。
 栄さんが、20センチ間隔ほどで浅く掘った穴一つひとつに種芋を置き、ちょっと押しつけて薄く土を被(かぶ)せると、久男さんが、肥料を蒔き、くんたんと呼ぶ籾殻の灰を蒔き、霜除けの籾殻を被せていく。ほとんど会話はないが、親子の見事な連携プレーだ。その合間を、「もういかんのじゃ」と言いながらも、腰の曲がったキミ子さんが、土被せを手伝いながら移動している。栄さんがキミ子さんを呼んだ。赤い種芋が20個ほど足らないから、家から持ってくるように頼むと、彼女は、手押し車を押してゆっくりと家へ向かった。
 家の前は、先日、栄さんがタマネギに水やりをしていた畑だ。極早生と早生、それに晩生(おくて)タマネギの他に、大根、ニンニク、ほうれん草、チンゲン菜、水菜、小松菜、エンドウ豆、白菜が、孫たちに持たせるため、少しずつ作ってある。他に、まんば(高菜・「土地の香り家の味」参照)とそら豆は、JAの産直市場「とれとれ市」に出荷するので少々多めに作って、毎朝7時に軽四輪車で持って行くのだ。


 栄さんが、腰の痛みを和らげようと、畦に腰を下ろした。朝倉川対岸の低い山を目で示す。
 「善光寺山ちゅうんじゃけどな、昔は、松茸がようけ採れよった。誰でも採って良かったんじゃ。旦那さんが持っとったけんな。朝起きたら真っ先に山へ行く。暗いうちに行く人は、頭が出とる奴を採ってくる。明るうなって行く人は、土が盛り上がっとるのを採る。ちょっと山へ行って松茸採って、焼いて食べよったんじゃ。酢じょうゆで、おいしいんじゃわ。よけ出よったで。旦那さんも一緒に採りに行ったりしよったけんの。こんまい籠持って行って、入り切らなんだら服脱いで包んでの。その当時、松茸は売れなんだけん。山の収入は大きかったで。タケノコの皮を拾うて、肉包むのに売りよったし、ハツタケやシメジ類や椎茸、それにワラビやタラの芽を採って売りよった。その時その時に、お金になるもんがありよったで。昔の話をぐだぐだしとるけど、普段は、昔の話はしやせんけんの。あんたのような人に出会うて幸せなわ」
 2度いもの植え付けは終わった。ほとんど無風の穏やかな夕暮れ時。地元ではくじら山と呼ぶ山の向こうに、陽が落ちようとしている。朝倉川堤防の木蓮がつぼみを膨らませて、キラキラと輝いていた。写真を撮っていると、栄さんが、バイクで私を追いかけてきた。「お彼岸が近いんで、昨日(きのう)餅を搗いたんで、チンでも言わせて食べてください」と、レジ袋に入った餅を差し出した。

写真・文 芥川 仁