読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙

 
 
  





 ご自宅を伺うと、昆布茶に梅干しを入れて出していただいた。「ここらは、注連(しめ)の内は、どこの家でも最初に昆布茶を出します」とのことだ。床の間に祀ってある歳徳神(としとくさん)のお供え物は引いてあったが、お飾りは「とんど焼き」の時まで残すのだ。
 「本来は米俵を置いたり一斗枡に米を盛ったりしてたんですけど、今は、紙の米袋のまんま置いてます」と、政枝さんは恥ずかしがっているが、立派な歳徳神だ。
 「元日は、結構早く起きないと忙しいんです。お父さんが朝8時半には、年始の挨拶にお宮さんへ行くんで、それまでに、歳徳神や恵比須さん、大黒さん、三宝さんの神さんにも、お餅を拍子木に切って神之式に載せ、白味噌のお出汁を注いでお供えして、お光りをあげてから、お雑煮を家族でいただくんです」
 政枝さんの雑煮は、京風の白味噌仕立てである。
 出汁昆布を大晦日の晩から水に入れておいて、元日の朝にふやけた昆布を取り出して火に掛ける。「頃合いを見て、調味料のカツオ出汁を入れます。手抜きをしております」と、謙遜。この出汁に白味噌を溶き入れ、赤ずいきの親芋と丸餅を入れて煮込めば出来上がりである。
 「すごく簡単なんですよ。いわゆる白味噌のお味噌汁を作るんです。そこに、赤ずいきの親芋を頭(かしら)と言いまして、それとお餅を入れて煮るだけなんですけどね。うちは、何にも入れへんのです。頭芋は、人の上に立つ頭になるようにって、元日の朝は、お餅を食べる前に、これをいただくんです」
 政枝さんは、酢で皮を剥(む)いた人数分の頭芋をちょっと湯がいた後、たっぷりの昆布とカツオ出汁で、大晦日におせち料理を作りながらコトコトとストーブの上で炊いておく。それを雑煮の時に、白味噌の出汁に移し替えるのだ。
 「三が日の朝は全部の神さんにお供えしますので、お雑煮とおせちで三が日は済んでしまいます。夜は、白いご飯を炊くんですけどね。7日の七草粥は、歳徳神にお供えしてあった洗い米で炊くんです。15日に鏡餅でぜんざいをしたら、お正月のお供えは終わりです」
 鍋の中で、白味噌の出汁から頭芋が顔を出している。沸騰しないように火加減に注意しながら煮込んでいく。暮れの30日に搗いた餅は、すでに硬くなっていたので少々時間は掛かったが、ようやくくったりと白味噌に溶け込むように柔らかくなったようだ。
 「私とこは30日に餅搗きするんですけど、元日には、まだお餅は硬くなってないので、結構早く煮えるんですけどね。お椀についで、上からたっぷりカツオ節を掛けるんですけどね。これで私らは食べます」
 まず頭芋のお椀からいただく。口に入れる前から、カツオ節の香りが食欲をそそる。滑らかな白味噌の舌触りと優しい塩味。芯まで柔らかくなっている頭芋の粘りが、ほっこりと口の中でとろける。素朴だが、深味がある。
 次に、丸餅のお椀をいただく。再び、香ばしいカツオ節の香りが口の中に広がる。丸餅は、すでに、白味噌の一部になったように軟らかく、するりと喉を通っていった。白味噌の雑煮は塩味が控えめで、上品なお嬢さんといった印象である。
 「大晦日の晩に、足袋とか肌着から全部、新(さら)を出してくれましてね。これは、正月の朝になったら着るんやって言って、セーターも新をね。お正月になったら下ろすんや言ってね。そいで下駄も新にしてもろて、着物を着せてもらった覚えがあるんですけどね。今の子は、いつでも新ですね」
 お雑煮をいただく間に、政枝さんは、幼かった頃の正月を思い出したようだ。