読者からのお便り


 巧さんの草刈り機が軽飛行機のようなエンジン音を響かせる棚田を、七谷川へ降りて行くと、畑から帰る川勝やすさん(84)にばったり出会った。いきなり見知らぬ男に出会って驚いた様子だ。私が挨拶をすると、彼女は唐突に「今日は、私の誕生日でっせ。ここは京都の北海道。孫が生まれた年には1メートルも雪が降ったんでっせ」と話を始めた。
 「こないだは、八木町のカラオケスナックで、自分一人で誕生日のお祝いをしてきたで。バスで一人で行くんでっせ。惚けてしまいますやろ。昨日も、八木町の料理旅館で老人会があって楽しんできたから、自分の誕生祝いにしてきた。帰りは、お寿司買(こ)うて息子夫婦と一緒に食べんのや。カラオケが好きやさかいね。得意な歌てな、そんなん恥ずかしいわ。水森かおりが大好きでね、『ひとり長良川』がええわ、その裏面も好きでっせ。息子も嫁さんも勤めに行ってますのや。お米じゃ食べられへん」
 やすさんは、ここまで一気に話すと、毛糸の帽子を夕陽に輝かせて、七谷川に架かる小さな橋へ坂道を降りて行った。


 若い頃の思い出話を聞かせてもらおうと、棚田から先に帰った昌次さんを追いかけて自宅を訪ねると、大黒様のような笑顔で迎えてくれた。
 「そりゃ平成3年でしたけど、ここの特産物加工場を作った時でね。どこでも同じようなことで、樒原がさみしいなってきてね。若い者が出て行ってしまうさかいですわ。砥石が売れんようになったのと、材木が売れんようになったのが、原因やろな。それで、何か元気付けようと思うたんやね。『原を良くする会』というのを作りましてな。昔からここで食べとった家庭料理を、もういっぺん作ってみたらどうやろ、ということや。山椒の皮を昆布と一緒に炊いて、佃煮を作って、最初よく売れましたで。途切れてましたのを復活したんです。山椒は、昔は山にあったんやけどね。今は、他の木が大きなったもんやから、家でつくっとるわ。年に3千袋5千袋は売れましてな。『からかわ昆布』いうんですわ。昆布1キロに対して酒5、醤油4、みりん3、砂糖60g、からかわ90g、カツオ出汁の素4で、女性5、6人でやるんですわ。これは、企業秘密ですよ。仕事は夜ばかりです。昼間は皆、勤めがありますやろ。『原を良くする会』では、カラオケボックスも作りましたわ。大きなウイスキーの樽を古物商から買い入れて、テレビモニターとマイクもフル装備。定員は7人でした。ところが音楽の著作権料が年間3万5千円かかりますんのや。それで止めましたわ。こないだまで、会の代表をしとりました。地元で通称は、原ですわ。樒原では、書きにくいし読みにくい。思い出せば、あの頃が人生の華、そういう感じやね」
 昌次さんは、厚さ5センチほどもあるファイルを見せながら、活き活きと、会の成果を説明してくれた。その表情から、時代の変化に対応し、自らが発案し呼びかけた活動の成功が、今も、彼を支えているのが伝わってきた。

写真・文 芥川 仁
《注》からかわ(辛皮):山椒の樹皮で、刺激の強い辛味が特徴