読者からのお便り
イワシの柔らかさと 唐辛子の辛さが絶妙
イワシの「ぬか炊き」。右にナスの「ぬか炊き」が添えてある



 早川集落の入口にある昭枝さんの家を訪ねると、炬燵の上には、すでに出来上がった「大豆味噌」が置いてあった。「きのう、心配だったから作ってみたけど、豆が古いから堅いね。私、食べてみて、気に入らないね。古い豆だよ、こりゃ」。昭枝さんは、不満顔だ。そこへ玄関で誰かの声がする。「上っていいかい」「上っておいでよ、おい、こっちくればいいじゃん。上がりなぐんぐん」。たまたま、近所の早川たきさん(80)が遊びに来たのだ。たきさんにも昨日の大豆味噌を味見してもらう。「不味いね、こりゃ」と、一刀両断だ。昭枝さんは、ますますやる気を無くしてしまった。
 「新しい豆だと、上手にできるけどね。まだ、今年の豆採れんじゃん。今、黄色い葉になっているから、1か月くらい後でないと新豆は出ないね。去年の豆は堅いさ、一年経つだもの」。昭枝さんの腰がなかなか上がらない。それでも、時間をかけて煮てみることで、ようやく、再度、挑戦することになった。
 「私、豆は選別しといたから」と、準備は周到にしてくれていたのだ。大豆は100グラム。フライパンにパラパラと大豆を入れて強火で煎る。箸でかき混ぜながら、うっすらと焦げ目が付く程度まで丁寧に煎る。「帯締めたみたいに、大豆の真ん中に割れ目が付くちゅうわけ。今の人じゃ、こんなことして食べることないよ、きっと」。5分ほど煎ったところで、ほんのり焦げ目。きっちり帯締めも付いている。そこで、水を300cc加えると、フライパンが一斉に泡だった。焦がさないようにかき混ぜながら、強火で煮続ける。その間に、「おかかが割合出しが出るから」と、3グラム入り真空パックのカツオ節2袋をマグカップに入れ、ポットから熱湯を注いで、出し汁を作っておく。昭枝さんは、時折、心配そうにフライパンの大豆を噛んでみる。「まだ堅いね。心底締まってるだよ、古い豆はね」。昨日の失敗が、相当こたえているようだ。「何でも、一つの品にするには難しいこったねえ。簡単なようだけど」。
 水がほとんど無くなったところで、先ほど作っておいた出し汁を加え、さらに煮続ける。何度も豆の堅さを確かめながら、更に150ccの水を加えた。「気を付けてね。焦げるようじゃ、火を細くしなきゃ。こうしてとぼとぼ煮て、柔らかくなったら、少し油を入れて、お酒をひと振り入れてね」「こんだ、いいかも知れん。良かった良かった。大豆の皮って、取らなんだっていいんだよ」。
 水分が無くなったところに自家製の味噌を加え、大きめのスプーンでよく混ぜ合わせる。「味噌も豆と同じ100グラムね。味噌を作るのは一年置きだから、おととしの味噌で赤味噌のように赤いんだよね。こんだ上等だったかも知れんよ。こんだ豆がきれいじゃん。冷えてもいいよ。こりゃ保存食だから、堅くはならないね、もう。良かったよう」。
 昭枝さんは、車で10分ほど下流の保(ほ)集落から嫁に来て、それまではしたことのなかった農業をする。早川集落は、町内でも働き者が多く、嫁に行くと働かされて大変という評判のあった集落だ。「夜が明けたら外に出ろって、舅さんの教訓だもの。でもね、優しいところもあっただよ。山から薪を採って帰る時に、舅が山の中をずっと背負って帰ってくれて、家がすぐそこに見える山神宮の前でね、皆が見てるずら、ここからは我慢してお前が背負って帰れってね。大事にされたから」。
 出来立ての大豆味噌を口に入れる。味噌の塩味は、まろやかになってほとんど感じさせない。意外な感じがした。大豆を噛めば、優しいふくよかな味だ。「噛めば風味があるね」と、昨日の大豆味噌を辛口で批評したたきさんも、今度は誉めている。「出しは、おかかで取ったから飽きないよ。おかずがない時は、これでも通るよね」。いつもより長い時間はかかったけれど、出来上がりには満足顔の昭枝さん。「良かったよう」と、何度も呟いた。