読者からのお便り


 緩やかな斜面になっている早川集落の中を歩くと、ホウジロやヒヨドリなど、鳥の鳴き声と早川のせせらぎだけが聞こえてくる。頭の中が冴えてくるような気分だ。自然の中で暮らすというのは、こんな気分なのか。集落の真ん中を上る道を歩くと、公民館の近くでパンパンという何かを叩く音が聞こえてきた。桂原安子(かつらばらやすこ)さん(80)が、二股になった木の枝を利用したブチと呼ばれる道具で、乾燥したソバの束を打って、実を落としている。
 「今年は照ったでしょう。それで、ソバを遅く蒔いたから青い実が混じっているけど、粒はいいだよね。歳だからね、種を蒔いても収穫の時に体の具合が悪いとだめだからね。だんだん作らないようになるね。村の外れで作ったソバは、シカが来て、ソバの頭みんな食べちゃって、雨が降って倒れて全滅。大豆も猿が来て、全部食べちゃうんだよ。今年はまだ来てないけどね。作るのも張りこみ悪いじゃんね。私、ここで仕事しててもね。半日、誰も通らないな。本当に淋しいもんだな」
 澄み渡った青空の下で、ポカポカとした太陽に照らされながら、ソバの実を打つ安子さんには、何の心配事もないゆったりとした時間が流れているように見えていた。その安子さんが「淋しいもんだな」としみじみ言う。


 晩秋の早川集落の一日は、際だって短く感じる。家々を朝日が照らし始めるのは午前9時ごろ、午後3時には太陽が山の端に姿を隠してしまう。上空には、まだ明るさが残っているが、集落はすでに薄暗い。畑で、腰をくの字に曲げて働く姿が見えた。声を掛けると、望月昭枝(あきえ)さん(84)が独りでソバを刈り取っていた。明日は朝から、昭枝さんも所属している生活改善グループ「むつみ会」が、町主催行事のためにおにぎりを作ることになっているので、今日中に自分の畑のソバを収穫しておきたいと精出しているのだ。
 集落を歩けば、それぞれの予定で少しずつ農作業が進んでいるのを感じる。一昨日は朝日に輝いていた大豆の収穫がすでに終わり、乾燥のために束になった大豆がハザに掛けてあった。ハザの上には雨除けのビニールも被せてある。集落下の棚田脇の畑では、先日まで伸び放題だったエゴマが、きれいに収穫を終えていた。近々雨の予報が出ているからだろう。皆が一斉に畑仕事に精出しているようだ。
 人の気配がしない、時間が止まったように思える集落でも、ひとり一人は、自らの仕事を着実にこなしている。明日は、雨の予報。早川集落の人々は畑仕事を休み、お互いの家を訪ね合ってお茶を飲み、心置きなく休息の時間を楽しむことだろう。

写真・文 芥川 仁

 

お便り・ご感想はこちら